MargeLitch回想録
このコラムに何を書こうか?と考え、Marge Litchを結成して23年経った今、アレコレあったこのバンドでの出来事を書こうと思った。
今回はMarge Litch誕生の頃のお話。
俺は1986年の8月に東京に引っ越したんだけど、その年の5月までは大阪のバンドに所属していた。
そのバンドとは85年内に脱退する事を決めていたが、急遽レコードを出すことが決まり興味があったので付き合うことにした。
バンドを脱退した俺は、意気揚々と自前の機材車に楽器とアンプなどを積み込んで東京に向かった。
その頃は2ヶ月位の間隔で東京でライブをやっていたので、隣町に引っ越す程度の考えだった。
85年辺りからツアー先でもメンバーとは別行動で動いていた俺は、関東エリアでライブの時は1人で川越に居た元ブリティッシュ・スティールのメンバーの家に泊まっていて、そいつから送ってもらった住宅情報誌を見て引っ越しに掛かる資金を見積もった。
情報誌には「敷金」とか「礼金」という見慣れない文字が並んでいたが、関西にそういう風習は無かったので何の事かサッパリ判らなかった。
ただ贅沢を言わなければ家賃4万円程度から借りられるアパートがあった。
「…え?たったの4万円で住めるのか?東京って物価が安いんだな!」と驚いた。
新宿駅の地下駐車場に車を入れて、情報誌に載っている大きな広告のお店に入った。
当時はバブル経済の絶頂期で、広々とした店内には綺麗なお姉さんがまだ珍しかったパソコンを使って空き部屋を検索してくれた。
お姉さんが「ご予算は」と聞くので、迷わず前家賃を足して「8万円」と言った…お姉さんのパソコンの画面に「仙台…」という文字が出た。
「東京にも仙台という地名があるんだ…」と思っていると、お姉さんが物件の説明を始めた。
何か話が噛み合わない。
「あの、それってひょっとして、東北の…あの東北の仙台ですか?」と聞くと、お姉さんは顔色1つ変えずに「そうです」と答えた。
それから矢継ぎ早にお姉さんに質問した俺は「敷金2」とか「礼金2」の数字の部分が、1ヶ月分の家賃だと判った。
俺がその時所持していた手持ちの軍資金では、借りられる部屋は仙台しか無いのは判ったが、この時から俺の口は俺の意思に反して勝手に動き出した。
「では、敷金や礼金は幾つでも構わないので、家賃8万円のワンルーム・マンションの物件探して下さい」と言い出した。
お姉さんは出てきた幾つかの物件をプリントアウトして渡してくれた。
数枚渡された紙の中に板橋区大山というのがあり、お姉さんに行き方を教わった。
新宿から乗った山手線の車内で、不動産屋では話にならないので実際現場に行ってみて、とりあえず大家に会ってみて人柄を見てから訳を話してみようと思った…初対面の印象が最悪であろう自分の腰まである金髪に気が引けた。
生まれて初めて東武東上線に乗り、物件の前で待っていた大家さんと会った…背中に赤ん坊を背負った綺麗な若い奥さんだった。
早速部屋に案内されたが、当然俺はその部屋を借りるお金が無い。
すると再び俺の口が勝手に動き出し、敷金や礼金などのシステムを知らなかった事などを若奥さんに話し出した。
若奥さんは「そう…それは大変だったね」と言い、「ちょっと待っててね」と何処かに行って戻ってきた。
話を聞くと…若奥さんのお母さんが、近くにあるアパートの大家をやっていて、最近放火魔にやられて汚れているがそこなら敷金や礼金関係なしで借りられると教えてくれた。
俺はその場で「そりゃもう、雨露さえしのげるなら焼け跡だろうが犬小屋だろうが何だって…」と滅茶苦茶言いながら、アパートに案内してくれる若奥さんの後を追いかけた。
アパートの大家の婆さんは、金髪の俺を見て「あんた何やってる人?」と聞いてきた。
「音楽やってます」というと、「あたしも踊りやってんのよ!あたしゃ芸事をする人に理解があるから安心おしよ!」と、チャキチャキの江戸っ子訛りで話ながら、アパートの部屋に案内してくれた。
その部屋は火事の時に、消防隊が突入した部屋らしく窓ガラスが割れて無く、畳も水を被って反っていた…風呂無しの共同トイレ…でも、俺は住めれば何でも良かったので、その場で「新しく立て替えで取り壊すまで」の約束で、月3万円で即決した。
俺は車の事をスッカリ忘れていて、若奥さんに駐車場の事を聞くと月3.5万が相場で、何処も埋まっていると言われた。
それを聞いていた婆さんが、「じゃあここに入るなら入れても良いよ」と言ってくれた。
そこはアパートの前半分がスナックの店舗跡で、火事で燃えて入り口が焼け落ちて中は空っぽになっていた。
…という事で、俺は敷金礼金0のガレージ付きを獲得した。
新宿から板橋大山までの道が判らずに苦労した。
新宿や原宿、渋谷や目黒などライブハウスの近くの道は詳しいが、板橋区に行くのは始めてだった。
当時はカーナビも携帯も無い時代だから、公衆電話から若奥さんの旦那さんに何度も聞き返し、やっとの思いで夜中に到着した。
まず窓枠に実家から持って行ったエアコンを取り付け、車から布団を取り出して寝ることにした。
横になると急激に空腹が襲ってきた…よく考えると丸1日何も食べていなかった。
次の日の朝、トイレに行こうと部屋のドアを開けると、そこに長髪のロック兄ちゃんが立っていた。
「こんにちは!俺昨日ここに越してきたんだ、よろしくね!」と言うと男は「宜しく」と人の良さそうな笑顔で笑った。
俺「バンドやってるの?」
男「うん、でも今はメンバーが居なくてやってない」
俺「楽器は何?」
男「ドラム」
俺「2バス?」
男「うん」
俺「俺とバンドやらないか?」
男「…良いよ」
こうして、Marge Litchの最初のメンバーが決まった。
ドラムのマコトと2人で残りのメンバーを捜すことにして、俺の東京での生活が始まった。
一人暮らしが始めてで銭湯にも行ったことが無い俺に、マコトは親切にアレコレ教えてくれた。
しかしあの時…新宿の不動産屋で俺の口が勝手に動き、借りれもしない物件を探したのか?は今もって謎だ。
よく考えると、いつの間にか東京は俺が最も長く住んだ土地になっている。
|